狐小路フォ吉である。
美しき夢は一夜にしてすべて吹き飛び、僕はボロい学習机にすがって唸った。どうにかして金を得ねばなるまい。さもなければ、物心ついた頃から僕を慈しみ守ってくれた、この子供部屋という砦から去らねばならなくなる。
僕が取るべき行動の正解はわかっている。求人雑誌と履歴書を買ってきて、手あたり次第に送り付けてやればいい。

しかし動けなかった。僕はこのとき、すでに27になっていた。大学を卒業してから4年間、両親以外の生き物と口を利くこともなく、この子供部屋に籠城を極め込んできたのである。端的に申し上げるなら、悪鬼蔓延る社会に飛び出し、労働に従事することが怖かった。
学生時代はアルバイトもなかなか続かなかった。仕事ができない。馴染めない。

そんな僕に対して、意地悪な者だって、やっぱりいた。僕は恵まれたことに実家住まいであり、「苦学生」ではなかったので、嫌なバイトはすぐに辞めてしまった。しかし社員ともなれば、そうもいかないだろう。親だって逃がしちゃくれないかもしれない。怖いよう。
そこで発見したのが、検索エンジンからの信頼を勝ち取った(つまり検索上位に表示されていた)、とあるブロガーの記事であった。
そこには、これからはますますIT化が進み、それに伴ってIT業界の人手(動物手?)不足が進むということが書かれていた。そこで、プログラミングを学んでITスキルを身に着け、エンジニアになっちまうことが経済的成功への近道であるというようなことが説かれていたのである。
僕は自他ともに認める文系であり、「エンジニア」とか「プログラミング」とか、そもそも「IT」という言葉でさえ、聞いたことはあるが内容は不明、という状態であった。
だが、仮にもアフィリエイターとして、数々のブログを立ち上げてきたという自負がある。つまり、僕はWebサイトを作ることができたのだ。自分のブログを作るのは、もうやめよう。これからはこのWebサイト制作のスキルに磨きをかけ、他者のブログサイトを作ることで報酬をもらうフリーランスとして生きていくのはどうか?という発想になった。

こうして僕は、今まで言葉しか知らないプログラミングをやってみることにしたのである…が、障害があった。子供部屋に閉じこもってパソコンをいじっているだけであれば、きっと親が納得しない。何かしら、「僕、社会復帰に向けて頑張ってますよ」というアピールが必要だ。
参考にしたブログによると、プログラミングスクールに通うことが推奨されていた。
なるほど、学校に通えば頑張ってますアピールになる。それに独学より効率が良さそうだ。学校を卒業していきなりキラキラフリーランスエンジニアになる者も多数いる様子だし、僕も彼らのようにMacBook持ってスタバで仕事したい。黒縁眼鏡もかけてみたい。

ちゃんと通って働くってんなら、学校に行ってる間だけは待ってやるよ


このときの僕には、プログラミングスクールに通うなぞ到底できることではなかった。